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韓国・金海へ 8/19-8/21 ⑤ 

さあ、お腹いっぱい身体にいい朝ごはんの後は・・・・
目の前の宿に戻って、宿のお兄さんに今日見学できるところを聞きました。
(前日心配して声をかけてくださったんです。御親切に感謝!)

お部屋のチェンジで荷物を一旦事務所に預ける予定でしたが、もうお部屋に移動していいとのこと。助かりました。

このお部屋から移動です
DSCF4609-1.jpg
軒の先に出っ張った部屋が見えますよね、その手前隣のお部屋に移動。
7から1をみた景色
居安堂
IMG_3443-1.jpg
下の写真の柱、隣に見えるのがこの日のお部屋。
DSCF4613-1.jpg
広いです。四人部屋です。これで、70000ウォン 追加10000ウォンで詰めれば8人ぐらい入るかな?
1.居安堂(アレチェ、アンバン)二日目の部屋
この後もちょっとうれしい別のお部屋見学をさせてもらいました。詳しくは後ほど

さあ日曜日行ける場所~~。伽耶建国の王様とお姫様の御墓(王陵)は開いてるようなのでそこを目指して出発!
朝方凄い雨がありましたが、すっかりやんで蒸し蒸しした晴れのお天気です。

まずは、宿の”伽耶苑”目の前の首露王陵
ここはこんな塀で囲まれた公園にもなっています。以前は入場料が必要だったようですが現在無料で元旦以外は解放しているようです。
首露王陵の周りの塀
宿の前、王陵側から見た宿
外から見た”伽耶苑”のサランバン
宿から一番近い門(入る時は右側の東から、出る時は左側の西から)
首露王陵 康義門
入口の看板(宿側の入口は西門です)
首露王陵 看板
入ると・・・左には小さな博物館『駕洛遺物館』(無料で観覧できます)
       DSCF4732-1.jpg
お手入れされている敷地内
       首露王陵 手入れされている公園内
立派な池もありました。シンボルの亀の像もありました。
       首露王陵 池
くる~と池を回ると、広場がみえます。この広場には春と秋に首露王を祖とする人達が祭祀のため集まると聞きました。
正門を入ると・・・
この広場を背に正門があります。この正門前もバスターミナルのようで中心地と直結しています。
首露王陵 これが正門 崇化門 南側
塚?も発見。隣には金海市の観光マップがあります。きっと月曜でなければ日本語ガイドさんがいるようです。
首露王陵 正面入り栗
もう一度正門から入りなおすと、この朱の門が見えます。(日本の鳥居みたいですね)
外界からの邪気をとりはらう目的で造られた魔除けのようなものらしいです。
首露王陵 正門をくぐるとみえる
この中に立っている高さ2m50㎝にもなる大きな石碑には駕洛国の歴史が刻まれています。
首露王陵 崇神閣
      DSCF4751-1.jpg

               DSCF4743-1.jpg
↑王の眠る古墳の前に敷かれたこの石畳は、『豕牲台』と呼ばれるもの。毎年陰暦の3月14日と9月14日に行われる法事を行う際に生の豚肉をお供えするのですが、ここでお供えをするのにふさわしい豚肉なのかどうかを審査する所です。ちなみに生の豚肉をお供えするのはこの地域独特の慣わしだそうです。
 王陵の前の 楼
古墳の前に建てられた門には中央に白い塔が描かれ、その両脇には二匹の魚が向かい合っている模様が描かれています。この絵はインドのアユタ国でも似たような模様が見られるそうで、このような点からも首露王妃がインドのアユタ国からはるばる海を越え渡ってきたことはもちろん、当時インドとの文化交流があったことを立証づけるものとなっています。  
DSCF4762-1.jpg
赤鬼?
赤鬼?
青鬼?
青鬼?
首露王陵 直径22m、高さ約5mの円墳
首露王陵 
首露王の墓は円形封土墳になっていますが、同じ時代に繁栄していた新羅王国の墓に類似して作ったものであり、実際の墓はどのような形をしていたかは定かではないとか。
          首露王陵 1
本来は円形封土墳ではなく、↓ような石を墓の上に載せただけではという説もあるそうです。
          IMG_3462-1.jpg
首露王が眠る墓のすぐ右手には崇仁門があり、この門の中には崇善殿と安香閣が建てられています。
 崇善殿は本来歴代王と王妃の位牌を安置しているところでしたが、現在は首露王の子孫である金海金氏と首露王妃の子孫である金海許氏が全国から集まり法事が行われるところです。 また安香閣は、毎年春と秋の2回行われる祭礼に使う線香とろうそくを暫定的に保管するところです。
          首露王陵 景幕門
崇安殿 1990年に新築した建物で、駕洛国の2代目から9代目までの王ならびに王妃の位牌を奉安しているところです。駕洛国最後の王である10代目国王の仇衡王は、新羅に降伏して王子らと共に新羅の王都へ移り住んだため、ここに位牌がありません。
          首露王陵 崇安殿
  グレー
  首露王陵 ・・・       
塀で囲まれた敷地内は王陵を中央に配置されていて、王陵の背後は特に木々がたくさんでちょっとした散歩道。
          首露王陵 緑地帯
              首露王陵 木々

お正月以外は無料開放されています。ただし夜は門が閉じられますよ~

ゆっく~り回って1時間ぐらいですかね。途中ベンチでお昼寝した人もいました

☆首露王陵 についての説明文は こちらを参照しました 
まるごと釜山      釜山ナビ

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Comments

金海金氏と金海許氏について

この記事 楽しく読みました。
1つ間違いがあります。

伽耶の王【金首露】と王妃【許黄玉】の子供達、長男と次男が金海金氏を名乗り、3男と4男が母親の金海許氏を名乗りました。

毎年、春と秋に【金首露】の祭礼が行われ、子孫が3000人以上集まります。

祭礼は昔の衣装で参加しますが、
金海金氏の長老は、白色
金海許氏の長老は、水色
後の参加者は黒の衣装です。
一族なのです。

ただ、解らないのが仁川李氏も参加していますが、理由がはっきりしない。

Re: 金海金氏と金海許氏について

金成哲様

読んで頂きありがとうございます。
またご指摘の点解説まで頂き感謝します。

> この記事 楽しく読みました。
> 1つ間違いがあります。

> 伽耶の王【金首露】と王妃【許黄玉】の子供達、長男と次男が金海金氏を名乗り、3男と4男が母親の金海許氏を名乗りました。

首露王妃ではなかったのですね。

ここを訪れる前に、偶然韓国ドラマの ”鉄の王 首路”みていたでのかなり感情移入して金海をみることができました。

> 毎年、春と秋に【金首露】の祭礼が行われ、子孫が3000人以上集まります。
>
> 祭礼は昔の衣装で参加しますが、
> 金海金氏の長老は、白色
> 金海許氏の長老は、水色
> 後の参加者は黒の衣装です。
> 一族なのです。
>
> ただ、解らないのが仁川李氏も参加していますが、理由がはっきりしない。

衣装の色わけがあったんですね。白と水色と黒。。。特に水色の意味が気になります。

とっても勉強になりました。ありがとうございます。
またお越しください!

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